道に迷った外国人とか、買い物帰りのお婆ちゃんとか、
ビアンキでツーリングをたしなんでいる最中の人とか、
見知らぬ誰か様によく声を掛けられるわけです。
小走りしててもヒッチハイクみたいに止められて「ハチ公ハ、ドコデスカ!」って。
すぐそこにケータイいじりながら「待ち人来ず」みたいな人がいるのに、
よくピンポイントで私を止めたねって突っ込みたくなるわ…。
背中に紙でも貼られてるんじゃないかってくらい
「ハチ公ドコデスカ?」から「遠藤周作は良いですよね」まで
様々なバリエーションで来るんですけど、何なんでしょうか。
★ ★ ★
先日、たまたま通りかかった高級マンションの前で
住民と思われるお婆さんに声を掛けられました。
「あなたは何号室の人ですか?」と。
このマンション、1LDKで21万だから。無理だから。
え、もしかして、こんなところに住んでそうな風味、醸し出しちゃってた?
とか思いつつ「私は住民ではありませんよ」とお答えしたのですが、
その頃には既に「O滝さんを捜してるんですけどね」っていう物語が始まっていました。
ていうか状況が読めない。
付き添いの人やとかヘルパーさんとか、一緒じゃないの?まさかの徘徊?
これ、完全に私が付き添っちゃってるパターンなんですが、どうしよう。
このまま放置して帰って、後に高尾山で保護されましたとかシャレにならん。
マゴマゴしていたら、住民のオバ様がプードルとともに登場。
「あーら、Tさん、どうしたの?」って、粋な計らいを見せてくれました。
お婆さんの話は、O滝さんと一緒に机を並べた感動のクライマックスに差し掛かっていましたが、
オバ様は「O滝さんは、会ーえ-なーいーのっ!」と軽くあしらい、オートロックを解除。
そして私に「この方、9階のTさん。お願いしてもいいかしらぁ?」と、
有無を言わせない感じでした。当物件への入居経験不問な感じでした。
しゅ、集合ー!全員集合ー!
とりあえず、お婆さんと一緒にエントランスのソファへ。
えーっと。
この方は9階のTさんで、
隣の席で一緒に勉強していたO滝さんを探していると。
プードルオバ様の様子からして、今回のような事が日常茶飯事であると推測。
会話のやりとりが数分でリセットされるあたり、認知症の可能性、絶大。
「O滝さんに会いたいのに。あなた知ってる?」
かれこれ100回くらい「知らないです…」とお答えしているのですが、
何度もデジャヴ現象を体験するハメになるので、戦法を変えました。
「O滝さんは本日、欠席です!」
我ながら、ナニソレ感が否めなかったのですが、
「じゃ、今日は会えないわね」って、まさかの急展開。
試しに「今日はお家に帰りますか?」って聞いてみたら「そうね」と。
という訳で、本人の意思で9階へ帰ることに成功。
エレベーターに乗っている間も、会話がリセットされないよう、
呪文かってくらい「O滝さんは欠席です」を連呼しました。
で、無事にお部屋の前まで来たのですが、帰りたくないご様子。
「あなた、私の家に来ませんか?」
「あなたのお家に行ってみたいんだけど…」
「隣のお家の人に、O滝さんを知ってるか聞いて」
と、新たな技で迫ってくるから、
「また今度誘って下さいね。O滝さんは欠席です」
「私の家は遠いから大変ですよ。O滝さんは(略」
「お隣さんは(略、O滝さ(略」
と応戦しました。
ここまでサラっと書いていますが、
玄関にたどり着くまでの道のり、本当に長かったです。
やっとの思いでここまで来ると、なんかこっちも
「お家に帰るまでが遠足」みたいなちょっとしたプロ意識みたいなものが目覚めて、
何が何でも自分の意思で家に帰らせようみたいな状態なのです。
そんな中、お婆さんが玄関のドアを開けたり閉めたりするもんから、
家の中からご主人と思しきお爺さんが「何してんだー」つって登場。。
私の姿を見て、妻を連れてきてくれた人と察知して下さったようで
「あ、どうもご面倒おかけしてすみません」って。ステテコ姿で。
お婆さんは、さっきまでドアを開けたり閉めたりしてたのに、
このときばかりは「ほら、とくと拝みな!」と言わんばかりにドア全開。
とりあえず、私がドア閉めたよね。
なんか、気付いてしまったのです。
「たぶん、この人は寂しいんだな」って。
寂しいからO滝さんに会いたい。でも会えない。
どうしたら良いのか分からない不安。
人に聞いても、面倒臭そうにあしらわれる。
話した内容は数分で忘れてしまっても、
その時その時では会話が成立しているのです。
相手の言っている内容を理解しているのだから、
「会えないの!」と頭ごなしに言われて傷ついているでしょう。
何故そんな言い方をするの?と思っているかもしれません。
しばらくして忘れ、また同じことを聞いて、また同じように傷ついて、その繰り返し。
たとえ本人が忘れてしまっても、傷ついた記憶は深層意識のどっかに残るのではないか。
…とか何とか勝手に考えてたら、帰れなかった。
ムリヤリ振り切って帰るのは何か違うよなーって。
そうこう考えてる間も、こちとら家の中に引きずり込まれようとしてるわけですよ。
アカン!これはアカン!絶対帰れなくなるからー!
もうね、禁じ手、出しました。
「明日!明日一緒にO滝さんを探しましょう!今日はO滝さん休みなんで!ね!!」
そしたら「え、明日も来てくれんの?」みたいになって、アッサリと家の中に入ってくれました。
この気持ちは何だろー。この気持ちは何だろー。
声にならないさけびとなってこみあげるこの気もちはなんだろー。
その場しのぎの大嘘、早々にお忘れ頂きたいと切に願う。